9月23日(土) 26:20~27:20
「MotoGP日本グランプリ直前SP 長野博PRESENTS 天才ライダー達の肖像」
あまり期待していなかった番組ですが、一応録っておいたので見ました。
ありゃりゃ、裏切られた・・やるじゃん日テレ!
以前のBOONとかMOBIのような娯楽系かと思いきや・・・!
オープニングはV6長野博さんが
ツインリンクもてぎにレストアしたCB750Fourで登場。
そこには、原田哲也さんが~いた。
久しぶりだ~(相変わらず声が高い)
原田(CBを見て)「最近、街中でBIKEに乗ってみようかと考えているんですよ。カウルとかついてなくてアップハンドルのBIKE。」
そしてWGPチャレンジ時の原田選手の紹介VTR。****
1993年YAMAHAよりWGP250初参戦。
初参戦、開幕戦オーストラリアGP 予選3位
決勝ではいきなりコシンスキとトップ争い
最終ラップ最終コーナから逆転優勝!
その後第3戦4戦と連勝。(快進撃)
その年の最終戦、
原田が優勝してカピロッシが4位以下なら
原田がチャンピオンが決定というレース。
カピロッシ4位走行、
その直後で原田がプレッシャーをかけ続け
カピロッシはコースアウト。
残り4周で原田はトップに立ち優勝!
デビューイヤーに世界チャンプ獲得!
1997年アプリリアよりサプライズオファー
(当時のアプリリアに所属していた選手。
ロッシ、カピロッシ、ビアッジ、坂田)
*****原田選手の紹介VTR終わり
ここから原田選手へのインタビュー(聞き手は長野さん)
長野「世界チャンプを取って(周りの環境)変わりましたか?」
原田「変わったよ。知らない友達増えたし」(笑)
「(イタリアでは)そもそもライダーに対する扱いが違うし、別格だよ」
長野「イタリアでは中田英寿選手より有名なんでしょ?」
原田「いや~中田さんのほうが有名だと思うよ」
長野「いや~!税関とかスルーされていたんですよね?」
原田「そんなことないですよ。まあ時々ね」(笑)
長野「モナコに住むきっかけというのは?」
原田「98年の契約時、アプリリアからモナコに住んでくれと・・ライダーとしてのステイタスがあがるのと、テストがヨーロッパなので呼ばれても、すぐに行けるところにいて欲しいとメーカから依頼された。」
言葉の壁
長野(マシントラブルの時)
「怒ることもアピールになるんですか?」
原田「怒らないとだめでしょ。本当に世界チャンピオンを取る気があるか伝わらない。」
原田「日本人はYES、NOが無いと向こうでよく言われる。たぶん(may be)が多い。」「こうしたいの?と聞かれた時Yes、Noが無いからマシンのセッティングにしてもどっちに振っていいか(メカニックが)わからない。」
****ここで1998年最終戦アルゼンチンGPのVTR
例のやつです。
カピアタック炸裂。
長野「これって父親と見てたんですよ」
原田「あっそうなの」
長野「お~って!」
原田「お~って!なるよね!あれ見たらね。まさかあの突っ込みで来ると思わなかったからね」
長野「インに入るというよりはまっすぐ来てますもんね」
原田「当てに来ているのは来ているんだよね」
原田「いまだにモナコで言われるから、あれはひどかったねって」
原田「(カピロッシに対して)でもね!ある意味かわいそうなところもあるんだよ。わかるよ」
原田「93年に僕と争っていて負けたでしょ。あの時散々たたかれて、今回もチャンピオン取れなかったらまた、散々たたかれる。そういう世界なのでイタリアでは・・」
原田「でもあれは明らかにいきすぎだよね・・」
原田「あの勝ち方では、さすがにイタリアでも誰も祝福してくれないし、散々ぼろくそ書かれていたけど・・、あの精神は大事だと思います。日本人選手にはこれが足りない。」
原田「いい意味日本人は凄い優等生なんだよ、外人って勝つためにはどんな手段でもする。」
*****VTR MotoGP選手サマリ
*****世界で勝つ
2000年日本GP 3クラスで日本人が大活躍ダイジェストVTR
500cc 1位ノリック、2位ケニー、3位タディ
(このときノリックに渡した日の丸は参ったね、お子様ランチじゃないんだから)
125cc 1位宇井、2位ノビー、3位東
250cc 3位王子、2位宇川
そして1位は大治郎
****もう一人の天才加藤大治郎!
2001年250cc原田v.s.大治郎ダイジェストVTR
大治郎開幕4連勝(全てポールTOウイン)
第5戦イタリアGP意地の原田勝利
*****
長野「2001年の加藤選手との争いは」
原田「争って無いけどね(笑)、独走だったけどね。大治郎の方が一枚も二枚も上手だった。いいレースはあったけど、遊ばれていた。」
長野「凄いライダでした?凄いところは?」
原田「僕が好きなところはまずライディングフォーム。
凄い綺麗な乗り方でしょ。理想だよね!頭が常にセンターにあって・・BIKEをおこしながら開けていくし」
*****ここで大ちゃんのライディングVTR
長野「原田さんから見て大治郎はどんなライダーでした?」
原田「いやもう強いライダーですよ!速いライダーじゃなくて強くて巧いライダー」「彼なら絶対MotoGPチャンピオン取れると思ってたから、出てきてくれて凄いうれしかった。」
「見てみたかったよね」
「でもね悔しいのは一番本人だからね」
****今を戦う若き逸材(青山兄弟VTR)
長野「モチベーションを保つ方法は?」
原田「別に無いけど、レースでよーいドンして前にいると抜きたくなるでしょ。それだけだよね。」
(最高峰クラスでチャンピオン取るのに日本人に足らないもの)
「勝ちたいという貪欲さが足りない。」
*****14歳で世界進出(中上君)VTR
(日本GPのパドックにいましたね。)
(中上選手に対して)
原田「結果を求めるより、いい経験を積んで欲しい。」
「独走は独走でいいけど、もっとバトルをして抜く練習とか、いろんな駆け引きとか覚えて欲しい」
「速いライダーじゃなく強いライダーになるために経験して欲しい。」
とこんな感じの番組でした。
「MotoGP日本グランプリ直前SP 長野博PRESENTS 天才ライダー達の肖像」
あまり期待していなかった番組ですが、一応録っておいたので見ました。
ありゃりゃ、裏切られた・・やるじゃん日テレ!
以前のBOONとかMOBIのような娯楽系かと思いきや・・・!
オープニングはV6長野博さんが
ツインリンクもてぎにレストアしたCB750Fourで登場。
そこには、原田哲也さんが~いた。
久しぶりだ~(相変わらず声が高い)
原田(CBを見て)「最近、街中でBIKEに乗ってみようかと考えているんですよ。カウルとかついてなくてアップハンドルのBIKE。」
そしてWGPチャレンジ時の原田選手の紹介VTR。****
1993年YAMAHAよりWGP250初参戦。
初参戦、開幕戦オーストラリアGP 予選3位
決勝ではいきなりコシンスキとトップ争い
最終ラップ最終コーナから逆転優勝!
その後第3戦4戦と連勝。(快進撃)
その年の最終戦、
原田が優勝してカピロッシが4位以下なら
原田がチャンピオンが決定というレース。
カピロッシ4位走行、
その直後で原田がプレッシャーをかけ続け
カピロッシはコースアウト。
残り4周で原田はトップに立ち優勝!
デビューイヤーに世界チャンプ獲得!
1997年アプリリアよりサプライズオファー
(当時のアプリリアに所属していた選手。
ロッシ、カピロッシ、ビアッジ、坂田)
*****原田選手の紹介VTR終わり
ここから原田選手へのインタビュー(聞き手は長野さん)
長野「世界チャンプを取って(周りの環境)変わりましたか?」
原田「変わったよ。知らない友達増えたし」(笑)
「(イタリアでは)そもそもライダーに対する扱いが違うし、別格だよ」
長野「イタリアでは中田英寿選手より有名なんでしょ?」
原田「いや~中田さんのほうが有名だと思うよ」
長野「いや~!税関とかスルーされていたんですよね?」
原田「そんなことないですよ。まあ時々ね」(笑)
長野「モナコに住むきっかけというのは?」
原田「98年の契約時、アプリリアからモナコに住んでくれと・・ライダーとしてのステイタスがあがるのと、テストがヨーロッパなので呼ばれても、すぐに行けるところにいて欲しいとメーカから依頼された。」
言葉の壁
長野(マシントラブルの時)
「怒ることもアピールになるんですか?」
原田「怒らないとだめでしょ。本当に世界チャンピオンを取る気があるか伝わらない。」
原田「日本人はYES、NOが無いと向こうでよく言われる。たぶん(may be)が多い。」「こうしたいの?と聞かれた時Yes、Noが無いからマシンのセッティングにしてもどっちに振っていいか(メカニックが)わからない。」
****ここで1998年最終戦アルゼンチンGPのVTR
例のやつです。
カピアタック炸裂。
長野「これって父親と見てたんですよ」
原田「あっそうなの」
長野「お~って!」
原田「お~って!なるよね!あれ見たらね。まさかあの突っ込みで来ると思わなかったからね」
長野「インに入るというよりはまっすぐ来てますもんね」
原田「当てに来ているのは来ているんだよね」
原田「いまだにモナコで言われるから、あれはひどかったねって」
原田「(カピロッシに対して)でもね!ある意味かわいそうなところもあるんだよ。わかるよ」
原田「93年に僕と争っていて負けたでしょ。あの時散々たたかれて、今回もチャンピオン取れなかったらまた、散々たたかれる。そういう世界なのでイタリアでは・・」
原田「でもあれは明らかにいきすぎだよね・・」
原田「あの勝ち方では、さすがにイタリアでも誰も祝福してくれないし、散々ぼろくそ書かれていたけど・・、あの精神は大事だと思います。日本人選手にはこれが足りない。」
原田「いい意味日本人は凄い優等生なんだよ、外人って勝つためにはどんな手段でもする。」
*****VTR MotoGP選手サマリ
*****世界で勝つ
2000年日本GP 3クラスで日本人が大活躍ダイジェストVTR
500cc 1位ノリック、2位ケニー、3位タディ
(このときノリックに渡した日の丸は参ったね、お子様ランチじゃないんだから)
125cc 1位宇井、2位ノビー、3位東
250cc 3位王子、2位宇川
そして1位は大治郎
****もう一人の天才加藤大治郎!
2001年250cc原田v.s.大治郎ダイジェストVTR
大治郎開幕4連勝(全てポールTOウイン)
第5戦イタリアGP意地の原田勝利
*****
長野「2001年の加藤選手との争いは」
原田「争って無いけどね(笑)、独走だったけどね。大治郎の方が一枚も二枚も上手だった。いいレースはあったけど、遊ばれていた。」
長野「凄いライダでした?凄いところは?」
原田「僕が好きなところはまずライディングフォーム。
凄い綺麗な乗り方でしょ。理想だよね!頭が常にセンターにあって・・BIKEをおこしながら開けていくし」
*****ここで大ちゃんのライディングVTR
長野「原田さんから見て大治郎はどんなライダーでした?」
原田「いやもう強いライダーですよ!速いライダーじゃなくて強くて巧いライダー」「彼なら絶対MotoGPチャンピオン取れると思ってたから、出てきてくれて凄いうれしかった。」
「見てみたかったよね」
「でもね悔しいのは一番本人だからね」
****今を戦う若き逸材(青山兄弟VTR)
長野「モチベーションを保つ方法は?」
原田「別に無いけど、レースでよーいドンして前にいると抜きたくなるでしょ。それだけだよね。」
(最高峰クラスでチャンピオン取るのに日本人に足らないもの)
「勝ちたいという貪欲さが足りない。」
*****14歳で世界進出(中上君)VTR
(日本GPのパドックにいましたね。)
(中上選手に対して)
原田「結果を求めるより、いい経験を積んで欲しい。」
「独走は独走でいいけど、もっとバトルをして抜く練習とか、いろんな駆け引きとか覚えて欲しい」
「速いライダーじゃなく強いライダーになるために経験して欲しい。」
とこんな感じの番組でした。
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